ジンポー語言語学に関する注釈付き文献選集(倉部慶太)
1 |
Benedict, Paul K. (1972) Sino-Tibetan: A conspectus. New York: Cambridge University Press. |
シナ・チベット比較言語学の主要文献。ジンポー語を含む5つの保守的音韻特徴を示すチベット・ビルマ系言語に焦点を当てる。ジンポー語の語源を多数明らかにするとともに、ジンポー語と他の関連言語との音対応を明らかにした。230頁。 |
2 |
Bigandet, Paul A. (1858) A comparative vocabulary of Shan, Kakying and Palaoung. Journal of the Indian Archipelago (New Series) 2: 221–232. |
ビルマのジンポー語を記録したおそらく最初の文献。200語弱のジンポー語が、シャン語、パラウン語とともに記録される。当時アヴァとペグーのミッションを担当した司教補であったフランスのカトリック司教Paul Ambrose Bigandet (1813–1894) により短時間で記録された。 |
3 |
Bronson, Miles (1839) A spelling book and vocabulary in English, Assamese, Singpho and Naga. Jaipur: American Baptist Mission Press. |
ジンポー系言語を記録したおそらく2番目に古い文献。シンポー語、アッサム語、ナガ語について各700語以上を記録する。各言語のリーディングレッスンも付されている。アッサムで活動した初期のアメリカ人宣教師の1人であるMiles Bronson (1812–1883)による。64頁。 |
4 |
Brown, Nathan (1837) Comparison of Indo-Chinese languages. Journal of the Asiatic Society of Bengal 6: 1023–1038. |
ジンポー系言語を記述したおそらく最初の文献。主にインドと中国の間で話される27言語を対象に各単語リストを提示する。シンポー語およびジリ語について各100語程度が記録される。特異な言語特徴を示す消滅したジンポー系言語であるジリ語に関する唯一の文献。シンポー語とビルマ語の文法的類似性も指摘する。 |
5 |
Burling, Robbins (1971) The historical place of Jinghpaw in Tibeto-Burman. In: Frederic K. Lehman (ed.) Occasional Papers of the Wolfenden Society on Tibeto-Burman Linguistics, vol. 2, 1–54. Urbana: Department of Linguistics of the University of Illinois. |
ジンポー語をロンウォー語およびガロ語と比較した比較言語学的研究。ジンポー語とガロ語の系統的親縁性を指摘する。ジンポー語は語彙的にロンウォー語よりもガロ語に近いことを指摘する。ジンポー語とロンウォー語の類似性は、音韻体系と親族体系に認められ、言語接触によるものとする。 |
6 |
Burling, Robbins (1983) The Sal languages. Linguistics of the Tibeto-Burman Area 7.2: 1–32. |
ジンポー語、ボド・ガロ諸語、北ナガ諸語の系統的親縁性を指摘した比較言語学的研究。これらの言語群が共有する *sal「太陽」、*war「火」などの革新的語彙を親縁性の証拠として提示するとともに、これらの言語群をまとめるサル語支を提案した。 |
7 |
Cushing, Josiah N. (1880) Grammatical sketch of the Kakhyen language. Journal of the Royal Asiatic Society of Great Britain and Ireland (New Series) 12: 395–416. |
ビルマのジンポー語を対象とした最初の文法スケッチ。6つの声調を同定。シャン語の専門家であるクッシングによる。クッシングは、1877年からジンポー語を研究し、多くの語を収集するとともにインド系文字に基づく正書法を考案するなど、ハンソンに引き継がれた識字事業の基礎を築いた。 |
8 |
戴庆厦・徐悉艰 (1992) 『景颇语参考语法』北京 : 中国社会科学出版社. |
中国で話されるジンポー語の一種である景頗語の文法書。主に戴・徐 (1992) の景頗語文法に基づく。戴・徐 (1992) 以降に発表された著者による論文に基づいて、主題、動作主格、受益助詞、動詞連続、証拠性などに関する章が追加されている。482頁。 |
9 |
戴庆厦・徐悉艰 (1992) 『景颇语语法』北京 : 中央民族学院出版社. |
中国で話されるジンポー語の一種である景頗語の文法書。音韻論、形態論、統語論、名詞、代名詞、動詞、形容詞、数詞、類別詞、助動詞、副詞、助詞、接続助詞、間投詞、詩的言語、グロス付きテキストなどの章を含む。508頁。 |
10 |
戴庆厦・徐悉艰 (1995) 『景颇语词汇学』北京 : 中央民族学院出版社. |
ジンポー語の語彙に関する研究。語の音韻、親族語彙、動植物語彙、色彩語彙、方向語彙、尺度語彙、借用語、同義語と反意語、語家族、同源語など幅広い内容を含む。332頁。 |
11 |
DeLancey, Scott (1980) Deictic categories in the Tibeto-Burman verb. Unpublished doctoral dissertation, Indiana University. |
チベット・ビルマ系言語の動詞の直示範疇を体系的に扱った博士論文。関連言語と合わせて、ジンポー語の方向接辞と人称接辞の形態・機能・起源を明らかにする。また、ジンポー語の動詞一致が人称階層に基づくことを指摘した最初の研究。 |
12 |
Hanson, Ola (1895) Kachin spelling book. Rangoon: American Baptist Mission Press. 39pp. |
ビルマで話されるジンポー語の最初の綴り字教本。今日までカチン人の識字媒体として使用されるジンポー語正書法の基礎を築いた。声調や声門閉鎖音は表記されない。短い読み物も含まれる。39頁。 |
13 |
Hanson, Ola (1896) A grammar of the Kachin language. Rangoon: American Baptist Mission Press. |
ビルマで話されるジンポー語を対象とした最初の文法書。正書法、品詞、文法注釈と例文、豊富な用語集を含む。当時の言語を記録した貴重な資料。231頁。 |
14 |
Hanson, Ola (1906) A dictionary of the Kachin language. Rangoon: American Baptist Mission Press. |
ジンポー語の最初の辞書。10,000以上の項目を掲載。多数の語源情報と豊富な例文を含む。現在でも非常に有用。シナ・チベット比較言語学の発展に初期段階から大きく貢献した。著者による16年以上にわたるフィールドワークに基づく。751頁。 |
15 |
藤原敬介 (2012)「ルイ祖語の再構」『京都大学言語学研究』31: 25–131. |
ジンポー語と系統的親縁性を示すルイ語群に関する比較言語学的研究。長期にわたるフィールドワークにより得られた独自の資料に基づき、ルイ祖語を再構している。ルイ語群とジンポー語の同源語と音対応を多数提示。 |
16 |
Kurabe, Keita (2013) Kachin folktales told in Jinghpaw. Collection KK1 at catalog.paradisec.org.au [Open Access]. https://dx.doi.org/10.4225/72/59888e8ab2122 |
ジンポー語によるカチン民話と関連する語りの記録。2013年から2020年にかけてミャンマー北部で行われたコミュニティ・ベースの共同フィールドワークの一環として収集された。2021年11月現在、2,491話分の録音、2,480話分の書き起こし、940話分の翻訳が公開されている。 |
17 |
Kurabe, Keita (2016) A grammar of Jinghpaw, from northern Burma. Unpublished doctoral dissertation, Kyoto University. |
ビルマで話されているジンポー語の最新の文法。ビルマ北部でのフィールドワークにより得られた一次資料に基づく。音韻論、形態論、語類、名詞句、格標示、動詞複合体、副詞、助詞、従属節、節の名詞化などの章が含まれる。 |
18 |
Kurabe, Keita (2017) Kachin culture and history told in Jinghpaw. Collection KK2 at catalog.paradisec.org.au [Open Access]. https://dx.doi.org/10.26278/5fa1707c5e77c |
ジンポー語によるカチン文化と歴史の記録。2017年から2020年にかけてミャンマー北部で行われたコミュニティ・ベースの共同フィールドワークの一環として収集された。2021年11月現在、263話分の音声、263話分の書き起こし、15話分の翻訳が公開されている。 |
19 |
Kurabe, Keita (2018) Deaspiration and the laryngeal specification of fricatives in Jinghpaw. Gengo Kenkyu 153: 41–55. |
ジンポー語の複数の音韻現象を無気音化の観点から統一的に説明することを試みた音韻論的研究。音素目録のギャップ、通時的・共時的な接頭辞の形態音素交替、レキシコンにおける類似性回避などに統一的説明を与える。 |
20 |
倉部慶太 (2020)『ジンポー語用例辞典』府中:東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所. |
語の頻度に基づくジンポー語辞典。約600万語のコーパスに基づく。頻度に基づく15,046のコロケーション、フィールドワークにより収集された自然な語りから抽出された3,803の例文などを含む。407頁。 |
21 |
Kurabe, Keita (2021) Typological profile of the Kachin languages. In: Paul Sidwell and Mathias Jenny (eds.) The languages and linguistics of mainland Southeast Asia: A comprehensive guide, 403–432. Berlin, Boston: De Gruyter Mouton. |
カチン人が話すジンポー語、ツァイワ語、ロンウォー語、ラチッ語、ラワン語などの類型的概要を紹介。音韻論、形態論、語類、統語論、語彙・意味論を扱う。ジンポー語とツァイワ語の特別な言語接触関係、カチン諸語の借用受容性尺度についても触れる。 |
22 |
Manam, Hpang (1977) English-Kachin-Burmese dictionary. Yangon: Universal Literature Press. |
おそらく2番目に古いジンポー語の辞典。豊富な項目数を持つ。著者による後のいくつかの辞書の基礎となった。植物、動物、科学、その他の意味分野のリストを含む付録を持つ。644頁。 |
23 |
Maran, La Raw (1978) A dictionary of modern spoken Jingpho. Unpublished Manuscript. |
Hanson (1906) の辞書に基づくジンポー語辞書。Hanson (1906) に多数の新しい項目、定義、例文を追加している。Hanson (1906) が欠いていた声調および声門閉鎖音を正確に表記した最初の辞書。中平調で表記される一部の語の声調に誤りが見られる。 |
24 |
Matisoff, James A. (1974) The tones of Jinghpaw and Lolo-Burmese: common origin vs. independent development. Acta Linguistica Hafniensia (Copenhagen) 15.2: 153–212. |
400以上の同源語に基づくジンポー語とロロ・ビルマ諸語の比較言語学的研究。促音節において規則的声調対応があること、ただし、声調対応の多くはジンポー語の内的発展によって不明瞭になっていることを示唆。声調対応の問題は、‘Jiburish revisited: Tonal splits and heterogenesis in Burmo-Naxi-Lolo checked syllables’ (Matisoff 1991) で再検討されている。 |
25 |
Matisoff, James A. (1986) Hearts and minds in South-East Asian languages and English: An essay in the comparative lexical semantics of psycho-collocations. Cahiers de Linguistique Asie Orientale 15: 5–57. |
東・東南アジアの言語に広く観察されるサイコ・コロケーションに関する先駆的研究。ジンポー語を含む様々な言語のサイコ・コロケーションの形態・統語・意味を扱う。サイコ・コロケーションが精巧化の形態操作により複雑化することに加え、ジンポー語の精巧表現が化石要素を含むことを示すなど、比較言語学的側面にも触れる。 |
26 |
Matisoff, James A. (1997) Sino-Tibetan Numeral Systems: prefixes, protoforms and problems. Canberra: Pacific Linguistics. |
チベット・ビルマ諸語の数詞に関する広範な共時・通時的研究。ジンポー語数詞についての通時的考察を含む。数詞「1」と「1sg」の関係、廃れた数詞「2」と複数接尾辞の関係、数詞「9」の接頭辞の語源、数詞「20」の比較などを含む。また、ジンポー語の “prefix runs” と数詞読み上げ機能との関係についても議論する。136頁。 |
27 |
Matisoff, James A. (2003) Handbook of Proto-Tibeto-Burman: System and philosophy of Sino-Tibetan reconstruction. Berkeley, Los Angeles and London: University of California Press. xlii+750pp. |
チベット・ビルマ語比較言語学の主要文献。Benedict (1972) 以降の新たに再構された祖形と新しい方法論の両面からチベット・ビルマ語比較研究のさらなる進展を反映している。ジンポー語とほかのチベット・ビルマ諸語との比較を語彙・音韻・形態など様々なレベルで行う。750頁。 |
28 |
Matisoff, James A. (2013) Re-examining the genetic position of Jingpho: Putting flesh on the bones of the Jingpho/Luish relationship. Linguistics of the Tibeto-Burman Area 36.2: 15–95. |
ジンポー語とルイ語群に関する比較言語学的研究。ジンポー語とルイ語群の系統的親縁性を確固たるものにする。他のどのチベット・ビルマ諸語下位語群よりもジンポー語はルイ語群に近いと思われると結論づける。また、ジンポー語と他の近隣言語との言語接触に関する議論も含む。付録として、Burling (1983) のサル語群の評価、ジンポー語とルイ語群の同源語とその語源のチベット・ビルマ諸語における分布などを含む。 |
29 |
Morey, Stephen (2010) Turung: A variety of Singpho language spoken in Assam. Canberra: Pacific Linguistics. |
シンポー語の一種であるトゥルン語の初めての包括的文法。多くがシンポーとタイの祖先を持つトゥルンまたはタイ・トゥルンと呼ばれるコミュニティで話される言語を記述。類型論、音韻論、名詞類、名詞修飾語、動詞類、動詞助詞、述語、節と文、否定、命令、疑問などの章を含む。656頁。 |
30 |
Needham, Jack F. (1889) Outline grammar of the Singpho language, as spoken by the Singphos, Dowanniyas, and others, residing in the neighbourhood of Sadiya, etc. Shilong: Assam Secretariat Press. |
インドで話されているシンポー語に関する最初の文法書。品詞、文法注釈、グロス付き例文、注釈付き単語リストなどを含む。119頁。 |
31 |
西田龍雄 (1960)「カチン語の研究:バモ方言の記述ならびに比較言語学的考察」『言語研究』38: 1–32. |
1950年代後半の独自のフィールドワークに基づくジンポー語バモ方言の音素体系および基礎語彙を提示。ジンポー語、チベット文語、ビルマ文語を比較言語学的に考察する。チベット・ビルマ諸語の下位語群の特徴を合わせ持ちそれらを結びつける特徴を示すジンポー語のような言語を繋聯言語と呼んだ。 |
32 |
Wolfenden, Stuart N. (1929) Outlines of Tibeto-Burman linguistic morphology, with special reference to the prefixes, infixes and suffixes of classical Tibetan, and the languages of the Kachin, Bodo, Naga, Kuku-Chin and Burma groups. London: Royal Asiatic Society. |
チベット・ビルマ系言語の接辞の形式と機能を扱った先駆的研究。ジンポー語、チベット語、その他の関連言語間の接辞の対応関係を多数明らかにしている。216頁。 |
33 |
徐悉艰・肖家成・岳相昆・戴庆厦编 (1983)『景汉辞典』昆明 : 云南民族出版社. |
中国で話されるジンポー語の一種である景頗語の包括的な辞典。正書法では表記されない声調や声門閉鎖音を正確に表記。例文も多数掲載。付録として、音韻概要、文法的スケッチ、氏姓名リストも提示する。1024頁。 |
引用
倉部慶太. 2021.「ジンポー語言語学に関する注釈付き文献選集」東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所 情報資源利用研究センター.
URL: https://kachinportal.aa-ken.jp/annotated-bibliography/
北部ビルマ諸語に関する注釈付き文献選集(澤田英夫)
1 |
Abbey, Walter Bulmer Tate (1899) Manual of the Maru Language. xvii+212pp. Rangoon: American Baptist Mission Press. |
おそらく世界初のマル(=ロンウォー)語文法概説。Hertz の Handbook of the Kachin Language (1895) の構成を踏襲し、文法と構文・会話練習・英語–ロンウォー語語彙集の3部分からなる。 |
2 |
Clerk, F. V. A. (1911) Manual of the Lawngwaw or Maru Language. viii+243pp. Rangoon: American Baptist Mission Press. |
Abbey の Manual of the Maru Language と並んで、植民地期に著されたもう1つのロンウォー(マル)語文法概説。Abbey の Manual 同様、Hertz の Handbook of the Kachin Language の構成を踏襲しているが、文法 (Part 1) と会話練習 (Part 3) の間に分類語彙集 (Part 2) が置かれ、Part 4 は英語–ロンウォー語語彙集に加えてロンウォー語–英語語彙集を含む。序文に Abbey の名前が現れるが、彼の Manual には言及していない。 |
3 |
Hkaw Luk (2017) A grammatical sketch of Lacid. iii+xvi+183pp. Chiangmai: Presented in partial fulfillment of the requirements for the degree of Master of Arts in linguistics. |
本論文は、著者がカチン州や雲南出身の話者を対象に行った調査に基づいたラチッ語の文法スケッチで、パヤップ大学に提出された修士論文である。 |
4 |
Inglis, Douglas, and Connie Inglis (2003) A Preliminary Phonology of Ngochang. v+39pp. Chiangmai: Linguistics Department, Graduate School, Payap University. |
本書は、カチン州ミッチーナー地域出身の数人の話者に対する調査によって得られた語彙をもとにしたンゴーチャン語音韻論の概要である。 |
5 |
Lustig, Anton (2010) A Grammar and Dictionary of Zaiwa, Volume One: Grammar. (Brill’s Tibetan Studies Library Vol.5/11.) xxvi+1076pp. Leiden, Boston: Brill. |
本著作は、著者が雲南の瑞麗市ロイルン村での約9か月のフィールドワークで収集されたデータをもとに書かれたツァイワ語の文法書で、ライデン大学に提出された博士論文を出版したものである。第1巻は文法で、1076pp.もの大著である。 |
6 |
Lustig, Anton (2010) A Grammar and Dictionary of Zaiwa, Volume Two: Dictionary and Texts. (Brill’s Tibetan Studies Library Vol.5/11.) xiii+553pp. Leiden, Boston: Brill. |
本著作は、著者が雲南の瑞麗市ロイルン村での約9か月のフィールドワークで収集されたデータをもとに書かれたツァイワ語の文法書で、ライデン大学に提出された博士論文を出版したものである。第2巻はツァイワ語–英語辞典とテキスト集からなる。 |
7 |
Nasaw, Sampu, Wilai Jaseng, Thocha Jana, and Douglas Inglis (2005) A Preliminary Ngochang–Kachin–English Lexicon. (Research Paper #107.) xii+155pp. Chiangmai: Linguistics Department, Graduate School, Payap University. |
本書は、ンゴーチャン語の語彙約11,700項目にカチン(ジンポー)語と英語のグロスを付した語彙集で、音韻論の概要と正書法の解説を伴う。Nasaw Sampuと他2名のンゴーチャン人研究者が編纂し、Douglas Inglisが技術的サポートを行った。 |
8 |
Okell, John A. (1988) Notes on tone alternation in Maru verbs. In David Bradley, Eugenie J.A. Anderson, and Martine Mazaudon (eds.) Prosodic analysis and Asian linguistics: to honour R.K. Sprigg (Pacific Linguistics, C-104): 109–114. |
マル(ロンウォー)語の動詞に見られる規則的な声調交替の存在を指摘し分析した先駆的研究。Okellはこの声調交替が後続する形態素によって引き起こされると分析したが、Okell自身が提案した「断定を表すゼロ助詞が直前の音節に声調交替を引き起こす」という分析を一般化して、声調交替の起こる全ての位置にそれを引き起こす抽象的な形態素の存在を措定すれば、この声調交替が文法的に条件づけられると論じることが可能である。 |
9 |
Sawada, Hideo (1999) Outline of the phonology of Lhaovo (Maru) of Kachin state. Linguistic and Anthropological Study on the Shan Culture Area, report of the research project , Grant-in-Aid for International Scientific Research (Field Research): 97–147. Tokyo: ILCAA, Tokyo University of Foreign Studies. |
著者がカチン州ミッチーナー市で行ったフィールドワークをもとに記したロンウォー語音韻論の概要。音節構造や音素目録の他、声調にかかわる現象として音節弱化と声調交替について記している。 |
10 |
Sawada, Hideo (2004) A tentative etymological word-list of the Lhaovo (Maru) language. In Setsu Fujishiro (ed.) Approaches to Eurasian Linguistic Areas (Contribution to the Studies of Eurasian Languages (CSEL) series) Vol. 7): 61–122. Kobe: Kobe City College of Nursing. |
『アジア・アフリカ言語調査票(上)』を用いた調査に基づくロンウォー語の語彙集で、固有語についてはツァイワ語・ビルマ語の同源形式を、ジンポー語・ビルマ語からの借用語については借用元形式を、可能な限り併記した。 |
11 |
Sawada, Hideo (2012) Optional marking of NPs with core case functions P and A in Lhaovo. Linguistics of the Tibeto-Burman Area 35.1: 15–34. |
ロンウォー語は一連の後置詞的格標識を持つ。他動詞の2つの中核項はどちらも-∅で標示されるが、P項(目的語)は対格標識-reFによって標示されることがあり、A項(主語)は具格標識-TAyaŋFによって標示されることがある。本稿はこれら格標識の分布を決定する要因を明らかにしようとするものである。 |
12 |
Sawada, Hideo (2018) The phonology of Lhangsu, an undescribed Northern-Burmish language. In Noriko Osaki, Yasuhiro Kishida, Tomoyuki Kubo, Mutsumi Sugahara, Tooru Hayasi, and Setsu Fujishiro (eds.) Dynamics in Eurasian Languages (Contribution to the Studies of Eurasian Languages Series Vol. 20): 381–404. Kobe: Kobe City College of Nursing. |
本稿は、ロンウォー人の下位集団とみなされる「ランスー」と呼ばれる人々が話す言語の音体系について、カチン州ミッチーナーでのフィールドワークをもとに予備的な記述を行うものである。 |
13 |
Wannemacher, Mark W. (1998) Aspects of Zaiwa Prosody: An Autosegmental Account. viii+160+iv pp. Dallas: The Summer Institute of Linguistics and the University of Texas at Arlington. |
自立分節音韻論の枠組に基づいてツァイワ語音韻論の分析を試みた研究である。特に声調と発声タイプという2つの韻律的特徴の指定とそれらの相互作用に重点を置いている。 |
14 |
澤田英夫 (2019) 「北部ビルマ下位語群の言語ランスー語の借用語」 藤代節(編)『ユーラシア諸言語の動態Ⅲ:言語の多様性と類型と混成言語』: 97–124. 神戸: 神戸市看護大学. |
ロンウォー人の下位集団の一つであるランスー人は、標準ロンウォー語とはかなり異なる言語を話す。彼らの民族地理的な環境により、ランスー語はジンポー語・ビルマ語・シャン語などの言語から多くの語彙を借用し、その度合いは標準ロンウォー語よりもずっと高いと思われる。本稿はランスー語に入った借用語を、借用の経路とランスー語の音素目録に与えた影響の観点から概観する。 |
15 |
藪司郎 (1982) 『アツィ語基礎語彙集』 vi+134+i pp. 東京: 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所. |
カチン州ワインモー郡サドン出身の話者に対する調査をもとにしたアツィ(ツァイワ)語の分類語彙集。著者によると、使用した調査票は服部四郎(編)『基礎語彙調査票』および自身の作成した文法調査項目リストである。 |
16 |
藪司郎 (1988)「アツィ語」亀井孝・河野六郎・千野栄一(編)『言語学大辞典 第1巻』pp.192–197. 東京: 三省堂. |
カチン州ワインモー郡サドン出身の話者に対する調査をもとにしたアツィ(ツァイワ)語の概説。発音、文法、語彙の諸節からなる。 |
17 |
藪司郎 (1992)「マル語」 亀井孝・河野六郎・千野栄一(編)『言語学大辞典 第4巻』 pp.168–172. 東京: 三省堂. |
シャン州トウンキー村出身の話者に対する調査をもとにしたマル(ロンウォー)語の概説。系統・分布、音韻、文法、語彙の諸節からなる。 |
18 |
藪司郎 (1992) 「ラシ語」 亀井孝・河野六郎・千野栄一(編)『言語学大辞典 第4巻』 pp.658–663. 東京: 三省堂. |
カチン州チープウェー郡ヌーゾンバオ村出身の話者に対する調査をもとにしたラシ(ラチッ)語の概説。分布・系統、人口、文字、音韻、文法、語彙の諸節からなる。 |
19 |
藪司郎 (1993) 「ポン語」 亀井孝・河野六郎・千野栄一(編)『言語学大辞典 第5巻』pp.341–344. 東京: 三省堂. |
死語であるポン語の先行文献に基づいた概説。資料・方言、音韻、文法、系統の諸節からなる。 |
20 |
戴庆厦 (2005) 『浪速语研究』 iv+ii+262pp. 北京: 民族出版社. |
本書は、雲南省徳宏州潞西県(現芒市)三台山郷允欠寨で話される浪速(ロンウォー)語の音声・語彙・文法・系統関係などについて述べた文法書である。漢語–浪速語語彙集も付されている。 |
21 |
戴庆厦・李洁 (2007) 『勒期语研究』 340+ix pp. 北京: 中央民族大学出版社. |
本書は、雲南省徳宏州潞西市(現芒市)芒海鎮怕牙村で話される勒期(ラチッ)語の音声・語彙・文法・系統関係などについて述べた文法書である。付録として漢語–勒期語分類語彙集、例文集、テキスト1編、参考文献リストと調査協力者略歴が付されている。 |
22 |
戴庆厦・蒋穎・孔志恩 (2007) 『波拉语研究』 348pp. 北京: 民族出版社. |
本書は、雲南省徳宏州潞西県(現芒市)三台山郷孔家寨で話される波拉(ポラ)語の音声・語彙・品詞・文法などについて述べた文法書である。付録としてテキスト2編と漢語–波拉語分類語彙集が付される。 |
23 |
徐悉艰・徐桂珍 (1984) 『景颇族语言简志(载瓦语)』 iv+ii+176pp. 北京: 民族出版社. |
本書は、雲南省徳宏州潞西県(現芒市)西山郷のツァイワ(載瓦)語の音声・語彙・文法の概要を記述した文法書である。付録として漢語–ツァイワ語語彙集が付されている。 |
24 |
中国社会科学院民族研究所(編) (1992) 『汉载词典』 vi+iv+1150pp. 成都: 四川人民出版社. |
漢語–ツァイワ語辞典。約37,000項目を収録。序文には藪司郎『アツィ語基礎語彙集』に触発されて編纂されたことが記されている。 |
25 |
朱艳华・勒排早扎 (2013) 『遮放载瓦语参考语法』 ii+435pp. 北京: 中国社会科学出版社. |
雲南省徳宏州芒市遮放鎮で話されるツァイワ(載瓦)語の参照文法書。比較構文・話題・動詞連続・同族目的語・モダリティ助詞など、先行研究が取り上げなかった文法現象について、より精細な記述を試みている。 |
26 |
မြတ်ဝေတိုး (2013) လော်၀ေါ်ရိုးရာယဥ်ကျေးမှုဓလေ့များ။ viii+348pp. ရန်ကုန်၊ စာပေဗိမာန်။ |
著者がミャンマー教育省の役人としてカチン州ワインモー市に赴任していた時に、現地の人々に聞き取りを行って著したロンウォー民族誌。民族起源の伝承、民族の移動と拡散、伝統衣装、言語、文字、親族構造、祖先の系譜、首長制、村の名前、食事、宗教、迷信、格言・おとぎ話、伝統芸能、婚姻、出産、育児、離婚、経済活動、手工業、家屋、相続、伝統法と裁判、葬式、祭り、著名なロンウォー人などの章からなる。また、ロンウォーの伝統文化習慣語彙約200を集めた語彙集に1章が当てられている。 |
27 |
မြတ်ဝေတိုး (2014) မနောမြေကလာချိဒ်တိုင်းရင်းသား။ xiv+246pp. ရန်ကုန်၊ စာပေဗိမာန်။ |
著者がミャンマー教育省の役人としてカチン州ワインモー市に赴任していた時にカチンの伝統文化や習慣に興味を持ち、現地のラチッ人に聞き取りを行って著したラチッ民族誌。民族起源の伝承、民族の移動と拡散、親族構造、言語、文字、宗教、伝統衣装、命名法、首長制、婚姻、伝統芸能、経済活動、手工業、家屋、伝統法、相続、離婚、迷信、葬式、占い、祭り、著名なラチッ人などの章がある。 |
28 |
မြတ်ဝေတိုး (2015) အဇီး(ခေါ်)ဇိုင်၀ါးသွေးချင်းများ။ x+185pp. ရန်ကုန်၊ စာပေဗိမာန်။ |
著者がミャンマー教育省の役人としてカチン州ワインモー市に赴任していた時に、現地の人々に聞き取りを行って著したツァイワ民族誌。民族起源の伝承、氏族、故地、民族の移動と拡散、父系制、親族名称、命名、言語、文字、格言・韻文・おとぎ話、言語文化委員会、宗教、衣装、経済活動、伝統芸能、婚姻、家屋、マナウ祭、葬式、相続、伝統法と裁判、著名なツァイワ人などのトピックを扱う。 |
引用
澤田英夫. 2021.「北部ビルマ諸語に関する注釈付き文献選集」東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所 情報資源利用研究センター.
URL: https://kachinportal.aa-ken.jp/annotated-bibliography/
カチン(ジンポー)に関する一般および学術著作の注釈付き文献選集(今村真央)
1 |
高野秀行(著)『西南シルクロードは密林に消える』(2003年、552頁、講談社文庫) |
2002年にカチン州を陸路で横断した著者によるノンフィクション紀行文。舞台は、中国南西部に始まり、その後カチン州を通り抜け、最後はインド北西部に。非凡なコミュニケーション能力、周到な状況分析、そして現場での冷静な判断なしには踏破不可能な行程だが、著者はカチン独立軍と共に正式な国境検問所を通らずに踏破。ジャングルの中で、ヒルに襲われるシーンなどは読むだけで身の毛がよだつが、現地人と一緒に笑うことに何よりも喜びを感じる著者が、様々なカチン人を生き生きと描写している。ミャンマーの辺境に詳しい著者は政治についての考察も鋭い。(カチン独立軍についても貴重な情報を提供している。武器取引などについては「ここまで書いてしまって良いの?」と読者が心配してしまうほど。)いかなる危機的状況でも、面白おかしい珍道中として書けてしまう類まれな才能を持っている作家による、カチンについて最良の入門書。 |
2 |
吉田敏浩(著)『森の回廊―ビルマ辺境民族開放区の1300日』(1995年、494頁、日本放送出版協会) |
1985年から88年までカチン独立軍と行動を共にした若きノンフィクション作家によるデビュー作。後述のBertil Lintner氏も、同時期にカチン独立軍に同行していたが、長身のスウェーデン人が良くも悪くも目立ってしまう存在だったのに対して、著者は地元のカチン人として振る舞うことが可能であった。カチン(ジンポー)語も習得した筆者が綴った民族誌的紀行文には、現地の人々との会話など歴史的証言のみならず、日々の暮らしや地域の文化などについても貴重な記録が収められている。特に民話や伝説、芸能、そして物質文化についての記述は他に類をみない。また、著者独特の宇宙観に基づいた自然の詩的描写が作品に文学的な価値を高めている。2冊のエッセイ集『北ビルマ、いのちの根をたずねて』『宇宙樹の森―北ビルマの自然と人間その生と死』と合わせて読みたい。1996年大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したが現在は残念ながら絶版。電子書籍での復刊が待たれる。 |
3 |
タン・ミン・ウー(著)秋元由紀(訳)『ビルマ・ハイウェイ 中国とインドをつなぐ十字路』(2013年、382頁、白水社) |
タイトルにある「中国とインドをつなぐ十字路」とはカチン地域を含むミャンマー北部のことに他ならない。本書は、現代ミャンマーについて最良の語り手である歴史家タン・ミン・ウーが、ミャンマー北部、中国雲南省、インド北東部を旅するとい紀行文的な体裁を取っているが、学術的な価値も極めて高い。例えば、南詔(8-9世紀に現雲南地域に存在した勢力)についての簡潔な記述を読むだけでも著者の博識がうかがえる。中国論とインド論をミャンマーという接点で接合する手腕は他のミャンマー論者には真似できない。カチンについては、著者がシャン州北部カチン地域を訪れる「新しいフロンティア」という章で論じられている。原書は2011年出版。見事な邦訳ながらも残念なことに現在は絶版。電子書籍での復刊が望まれる。 |
4 |
エドマンド・リーチ(著)関本照夫(訳)『高地ビルマの政治体系』(1987年、387頁、弘文堂) |
20世紀を代表する社会人類学者による古典的学術書。リーチの現地調査は第二次世界大戦により中断され、ノートを(2回!)失ったが、帰国後に博士論文としてまとめ、その後じっくりと単著として仕立て上げた。1954年発刊。カチンは民主的政治と専制的政治のあいだを揺れ動くと指摘し、社会内部の動態を読み解いた点がよく知られている。当時の社会人類学の議論に馴染みがないと、著者の問題意識は読みとりにくいかもしれないが、全編に散りばめられた貴重なデータを拾い読むだけでも十分面白い。特に第一部「シャン、カチン両範疇とその下位区分」および第三部「カチンの歴史からの証拠」には、この地域の民族間関係、地理、歴史を知る上で極めて有用。
本著出版後に、リーチが指摘したカチン社会の「構造的」動態を、歴史の流れのなかにどう位置付けるかという点で激しい論争が長年続いた。特に焦点となったのは、カチン経済の変動。アジアのケシ経済がカチンの政治経済に与えた影響をめぐり解釈が分かれた。この論争から David Nugent, “The Kachin In and Out of History” (1982) と Jonathan Friedman, “Generalized Exchange, Theocracy and the Opium Trade” (1987) など優れた論文が発表された。
優れた邦訳だが残念なことに現在絶版。電子書籍での復刊が望まれる。
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Bertil Lintner, Land of Jade: A Journey from India Through Northern Burma to China (1990/2014, 390p, Orchid Press) |
スウェーデン出身の著名なジャーナリストによる紀行文的ノンフィクションの大作。著書は、シャン人の妻セン・ノーンと共に1980年台後半にカチン州を横断。1885年秋にインド側からカチン州に潜入し、1987年春にシャン州から雲南省に出るまで、総計2275キロを陸路で移動。経験豊かなジャーナリストが、ミャンマー北部の少数民族地域で多数のリーダーに直接聞き取りするという丹念な調査に基づいた労作であり、カチン地域の現代政治について最も詳細な情報を提供している。
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Bertil Lintner, The Kachin: Lords of Burma’s Northern Frontier (1997/2014, 258p, APMS) |
前述の Land of Jade は紀行文であるのに対して、本書は同著者による概説書。政治だけでなく文化、歴史、生態など幅広くカバーしている。写真も豊富で読みやすく、英語による入門書として最適。元々はタイ北部チェンマイの小さな出版社によって発刊されていたが、近年は電子書籍として安価で入手できるようになった。巻末の文献リストも有益。
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Mandy Sadan, Being and Becoming Kachin: Histories Beyond the State in the Borderworlds of Burma (2013, 512p, British Academy) |
英国の歴史家によるカチン通史の試み。カチンについて詳細な文字資料が作られ始める19世紀前半から今日までおよそ200年間をカバーした大部の学術研究書。リーチ含め大英帝国期の人類学的知見に批判的であるとともに、カチン人による歴史叙述に対しても手厳しい評価を下している。インド側のカチン人(シンポー)の歴史について貴重なデータを提供している。歴史書として時系列でまとめられているが、カチンについての様々な情報が満載の本書は、百科事典的資料としても有益。
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引用
今村真央. 2022. 「カチン(ジンポー)に関する一般および学術著作の注釈付き文献選集」東京外国語大学のアジア・アフリカ言語文化研究所 情報資源利用研究センター.
URL: https://kachinportal.aa-ken.jp/annotated-bibliography/